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中塚大

根底に流れるのは、
プロとしての誇り高き精神

2001年入社
機械工学科卒

中塚 大

DAI NAKATSUKA

モノマー製造第二部スチレン製造課
スチレン製造係

中塚大

不安を昇華させながら大規模な領域へ

「実は、馬を見るのが好きなので、趣味を兼ねて当時あった北海道白老工場に入りたいというのが志望理由でした」。今でこそ、プラント現場の第一線で運転主任という重要な責務を担う中塚だが、高専時代は将来のやりたいことが見つけられずにいた。「当時は就職氷河期。求人も少なかったし、『これがやりたい』というものがなかったから、多角的に展開している旭化成なら自分のやりたいことが見つかるかなと思ったんです」。
機械科卒の中塚に与えられた配属先は、化学系の現部署。入社するまで、スチレンを扱うことはなく、身近なものの原料という認識もなかった。とはいえ、化学反応は決まっているので扱う化学物質も決まってくる。さらに、温度や圧力などでコントロールする際には、学生時代に学んだ力学が役立つ。先輩からのサポートのもと勉強に励んで不安を徐々に解きながら、スチレンを製造するプラントのオペレーターとして、経験を積む日々が始まった。
水島地区でのスチレンモノマープラントには、製法が異なる2系列のプラントがあった。モノマープラントは製品を取り出したり手で触ったりができず、化学工学を元にした反応で製品が作られる。それゆえ一人で責任をもって任せることができる状態になるまで数年かかる。中塚も9年間のオペレーター時代を経て、2013年に日専の運転主任に就任。ここであるテーマが課された。そのテーマとは、後に起こる“構造改善”を検討するための予算関連だった。
「これまで安全に安定した環境で良いものをきちんと作るという仕事をやってきました。コストの視点で仕事はしたことはなかった。たくさんのケーススタディをやり、たった1円で、億単位の違いが出る。自分が携わるプラントがどのくらいの規模を扱っているのか、感覚が養われました」
通常の日専は、設備保全や運転主任が休みの時は交代で現場に入る。しかし中塚の場合は、会社として大きな決断が迫られた"構造改善"のタイミングと重なったため、そちらに従事する必要があった。「たった1円で、億単位の違いが出る。自分が携わるプラントがどのくらいの規模を扱っているのか、感覚が養われました」。
結果、自分の出した数字が世の中に発表された資料に掲載された。現場をよく知っている中塚が出した数字だからこそプラントを今後どうするかの、判断材料として採用されたのだ。

中塚大

チームの長として下す、重要な判断

2014年、中塚は製造の交代運転主任に任命された。交代運転主任は夜の工場長と呼ばれ、休日・夜間に有事が起きた際の判断はすべて運転主任に一任される重要なポストである。
その1年後、旭化成は水島地区のエチレンセンターを集約させ、合弁会社の設立を発表。今後の世界的な動向を見据えて、エチレンの需要に見合った生産をしていくべく、会社の下した大きな決断が、“構造改善”だ。これにより、2系列あったスチレンプラントは1系列に集約。この構造改善の影響を、プラントの現場で運転の指揮をとる中塚は正面から受けることとなった。
「それまでは2系列だったので、もし1系列に異常が出てももう1系列でカバーできた。それが許されない状況になりました。加えて、今の1系列がたとえ止まってしまったら、損失は計り知れません」。スチレン需要が高いため、フル稼働しているプラントが、もし1日でも止まってしまったら…。自他社含め、水島で製造したスチレンを扱う下流プラントへ供給できず、数億という損失に繋がる。当然それは、社長にも報告がいく。基本的に、止めるなどあってはならないことなのだ。
構造改善と同じ年の、秋のある休日。中塚は8人の運転員とチームとして現場にいた。2系列を1系列に集約するために一部改修していたプラントに、大きなトラブルが発生。主任として、今すぐプラントを停めるべきかどうかの判断が求められた。休日なので、部長や課長、係長はいない。運転員や工場内の安全が第一ではあるものの、危険を察知したからとすぐに停めていいものか。中塚はその狭間で揺れ動いた。「非常に悩みました。休日でしたし、その場で判断する必要があった。事業のことも考え、現場を授かる以上安全面も考えて。もし停めた場合、すぐに再スタートできるのか。その後どれだけ影響があるか。その上で判断しなければならない」。
この時中塚は、停める決断をした。結果、トラブルは問題なく鎮圧し、プラントもすぐ再稼働できた。しかし、未だに蘇る。「今でもあの判断は正しかったのだろうか、と思うことはあります」。自分が思う以上に、プラントの第一線での主任という責任は重い。だからこそ、やりがいがある。運転主任としての醍醐味は、ここにある。

中塚大

日々、判断の感度を磨いていく

「オペレーターだった時代に誤操作がありました。中間原料のタンクに入ってはいけないものが入ってしまった。早期に気づくことができたので大事に至りませんでしたが、この時に定常状態をしっかり知ることの大切さを学びました」。今が正常な状態なのか、異常事態なのか。もちろん計器室では、ちょっとの乱れを知らせるアラームも味方となるが、まずはオペレーターの時期から自分の目と肌で異常をジャッジできるように訓練することが大切だ。「日々が大事ですね。小さい異常のうちに起きていることを確認して、対処の指示を出す。オペレーターたちは優秀なのですぐに修正してくれますが、日常の業務こそが大切です」。万が一の事態にも即座に対応できるよう、日常的に考えを巡らせ、加えて経験を積むことで自分の器を広げている。
「何がしたいのかわからない」という気持ちを引きずったまま入社した中塚が、主任として業務を全うするまでに至ったのは、「プロでありたい」という想いがあったからだ。
「何かに携わる以上は、プロになりたい、深く知りたいという気持ちがあった」
それには、プロとしての意識が中塚に芽生えるようにと育ててきた上司の影響が大きい。主任業の基礎を作ってくれた上司もいる。
「この製造現場にいる限りは、自分のオールマイティ性を高めていきたい。プラント運転に精通して、『物理的な部分、精神的な部分も含め、真の意味で中塚に任せれば大丈夫。』だと思ってもらえるレベルまで上げたい」と、今後の目標を語る。もうひとつある。構造改善の際に、中塚と技術スタッフが一丸となり数億円かけて設備を設置したのだが、またいつか、この時のように一からものづくりをしたいという目標だ。「工場立ち上げでも設備でもいいのですが、また一から何かを作りたい。いろいろなチャンスがある会社なので、チャレンジしていきたいです」。
今、中塚が暮らすヘーベルハウスの自宅には、自身が製造したスチレンが原料となった断熱材が使われている。目には見えなくとも、そこにはプロとしての誇りが宿っている。

馬に魅せられて

馬が見たいからという理由で、かつて北海道白老工場への配属を希望していたほど、馬が大好き。独身の頃は、同じ寮の仲間と馬クラブを結成していた。有馬記念のために並んだり、ディープインパクトの走りを生で見るため菊花賞へも足を運んだ。今も、馬の情報は欠かさずにチェックしている。

中塚大